小川和紙

近所を歩いているとお声をかけて頂いたり新鮮なお野菜を頂戴したり
それがお店で買うものよりも、はるかに美味しかったりする。
新型コロナウイルスの影響で私の舞台スケジュールは
10月中旬までの全てがキャンセルとなっておりました。
近所の方々は「畑で野菜が採れたから」とか「お米を頂いたから」なんて
何気なく持って来て下さるのですが、きっと私の職業を知っている人は、
心配して下さっていたのだと思います。
なんて心優しい方々なんだろうと感激してみたり、やっぱり地域のつながりって
素敵だなぁなんて思うのです。
飛鳥Ⅱのお客様からもメッセージを頂戴いたしまして、お気持ちがとても嬉しかったです。
ありがとうございました。

さて、私のような芸で生きている人間はステージに立っていなくても
何かしらの創作活動をしながら次の舞台や企画への準備をはじめます。
そこで、今回は長旅が続いて実施できなかった制作を再開させる為に
埼玉県の小川町を訪ねる事にしたのです。
向かった先は「小川町和紙体験学習センター」昭和11年に埼玉県製糸試験場として
建てられた建築物ですが、現在も紙漉きの産業として成立させながら少人数で可動しております。

昔の木造校舎の様な建物とか、懐かしさを感じるむき出しの配管や流しの台など
どこを見ても“あじ”があって私の大好きなノスタルジックな空間です。
ここでは通常の紙漉き体験も出来ますが、4日間をかけて原材料から和紙になる工程も学べるのです。

楮ひきと呼ばれるの表面の黒皮を剥ぐ作業と、塵取りと言って皮の残りカスを
桶に晒した繊維から省いていく作業。
人によっては長時間、同じ作業の繰り返しなので飽きてしまう方もいるそうですが、
私は木製の椅子にこしかけて作業をしながら、何でもない世間話をしたり
大きな桶を囲んで「ちょろちょろ」と水の流れる音を聞いているだけで心地よくなってしまいます。
誰かと競い合うでもなく評価も気にする事なく
キレイな紙になっておくれよ、なんて願いながら作業をしておりました。

収穫と毎年1月に行われる皮剥ぎの作業は出来ない為、映像を交えて学びますが
その他は実際に自分自身の手で行えるのが、この施設の特徴でした。

実はこの機会に製作の行程を記録しようかとインスタグラムをはじめてみました。
マジシャンというカテゴリーではない、ただ和紙製法を学ぶ「渡邊卓也」を名乗る個人に
はたして関心を持って頂ける方がいるのかが楽しみのひとつでした。

専門外の分野で新たな出会いがあれば、創作の可能性も広がるかも知れないと思えたのも理由です。
対価さえ払えば紙はすぐに買えるでしょうが、私の求めているところは違うのです。
ちなみに私の着ている服は小川町のオフィシャルポロシャツ、既に販売が終了していたのですが
町役場へご挨拶に行った際に職員の森本さんが私の活動に関心を示して下さり、
なんと私物を数着ご提供して下さったのです。
好奇心のある若者はいいものですね、あの時お話をした得体のしれない男の話が
無駄ではなかった事を証明しなくていけません。
もう少し時間がかかりますが、結果でご報告したいと思います。

先生方から丁寧にご指導頂きながら
植物の楮から紙を作っていく工程をそのまま体験出来るので
最終的に乾いた和紙をはがす作業の時には、感動してしまうなんて…。
私個人としては、そこまでの価値観を見いだせていなかった
紙という素材に対して心からの愛着が生まれておりました。
また折をみてお伺いしたいと思っております。

1300年もの歴史がある和紙文化を伝えている小川町。
ここでの工法で作られている「細川紙」はユネスコの無形文化遺産に登録されております。
私が体験中のすぐ隣でも、中堅を担う職人さん達が熱心に作業をされていました。
細川紙の技術保持者となるには、紙漉き職人になってからも更に15年以上の歳月をかけて
伝統製法による紙漉きを修行するそうです。
きっといつの日か、この中から紙漉きの名人が生まれるのだろうなと想像しながら
時折その作業を眺めておりました。

地道に丁寧な作業をすれば、きれいで丈夫な紙に仕上がる。
当たり前の事ですが、現代においてはとても大切な事
今年は長い休みとなりましたが、自然から学んだ大きな気づきばかりでありました。

私の新しい旅がまた始まります。

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